最後の仮説 — メイカー戦略の[−1.53, +2.53]bpsと、終わらせ方の決め方
記事5で見たとおり、実行済みの実験のうち明確に生き残った仮説は1本だけでした。EXP-0009です。ただしその結論は「勝てる」ではありません。1約定あたりの利益が −1.53bps から +2.53bps の間のどこか(bps:1bp=0.01%)——つまり符号すら未確定の区間です。本稿ではこの区間の中身と、白黒をつけるための3段階の計画、そして「答えが出る前に決めてある終わり方」までを1本のフローとして示します。
1. 生き残った仮説の中身
EXP-0009の仮説はこうです。Binanceの値動きを条件として、GMOコインのETH_JPYでメイカー(指値注文を板に置いて約定を待つ側。即時に取りにいく側がテイカー)として約定したとき、1約定あたりの実現利益は、保守的下限 −1.53bps 〜 楽観的上限 +2.53bps。測定は30秒マークアウト(約定後30秒間の値動きで損益を評価する手法)によるものです。自己相関補正済みのt値(HAC-t、記事3参照)は最大9.6——偶然では到底出ない水準——で、プラセボ検定も通過しました。シグナルと値動きの関係は本物です。しかし、コスト後のネットの符号は分かりません。
なぜ区間でしか言えないのか
鍵はキュー位置——同じ価格に並ぶ注文の待ち行列の、自分が何番目にいるか——です。過去の約定データには「市場で何が約定したか」は残っていますが、「そこに置いたはずの自分の仮想注文が約定したか」は書かれていません。そこで2つのルールで挟むしかありません。悲観ルール(価格が指値を厳密に貫通したときだけ約定とみなす)なら −1.53bps、楽観ルール(価格が指値にタッチしたら約定とみなす)なら +2.53bps。真実はこの間のどこかにあり、約定データだけでは原理的に決められないのです。
2. 白黒をつける3段階
EXP-0017: 現物での再測定(凍結済み 2026-06-10)
同一設計のまま、信用ではなく現物の約定データで再測定します。シグナルは凍結済みで再調整は一切しません。現物にはメイカーリベート(指値で約定すると手数料を支払うのではなく+1.0bp受け取れる仕組み)があり、区間は ≈[−0.5, +3.5] bpsへシフトします。建玉コスト0.04%/日もゼロです。判定規則はデータを見る前に凍結してあります:保守下限 ≥ −0.25bps かつ 条件付けリフト t≥2 なら現物を主戦場とします。
EXP-0018: シャドー運用(観測のみ)
シャドー運用とは、実注文を一切出さず「この瞬間に指値を置いていたら」という仮想注文をリアルタイムに記録する前向き観測です。過去データと違い、未来のデータで検証するため記事4型の汚染が起きえません。実行条件は45日以上 または 保守的約定1,500件以上(遅い方)、上限8週です。2026-07-15までに開始義務があります。主要統計は日次集計ネット損益のHAC 90%信頼区間(データのばらつきを踏まえた「真の値がありそうな範囲」)です。上限UCB(上振れの限界値)が0以下なら、最良ケースですら勝てないのでキル。下限LCB(下振れの限界値)が0超で、かつ税引後の見込みが月¥2万の継続フロアを超えるなら次の段階へ進みます。
§1b: 人間の手による少額較正
総リスク≤¥5万・1注文≤0.1 ETH・post-only(テイカーとして約定してしまう場合は注文自体が取り消される発注方式)限定で、人間が手動で少数の実注文を置きます。目的はキュー位置・約定確率モデルの較正によって区間を狭めることであり、本番運用開始の決定ではありません——これも事前に明記済みです。
3. 終わらせ方は決まっている
ハードストップは4点、2026-06-10にPM署名済みです。
- (a) 2026-07-15までにシャドー記録を開始できなければエスカレーション
- (b) シャドー8週間で保守ルールのネット損益≤0ならメイカー軸をキル
- (c) 観測された約定機会 × 区間上限 < **月¥3万(粗利)**ならキャパシティキル——符号がプラスでも停止
- (d) 2026-09-30までに、台帳記録・プラセボ通過・事前登録済みの候補がゼロなら、アルファ探索そのものを終了
追加予算の上限は¥15万です。なお区間上限の+2.53bpsを満額取れた場合でも粗利は月≈¥4.9万(税引後≈¥1.7〜3.4万)であり、この測定の成功上限は最初から小さいのです(記事1・記事2参照)。
4. 読者へ
符号が未確定の区間を、未確定のまま公開することには意味があります。記事4のPhase-3d汚染は「結果を見てから基準を選んだ」失敗でした。その正反対として、結果が出る前に判定基準・キル条件・期限を凍結して公開します。勝てば記録し、負ければ負けたと記録して終わります。どちらに転んでも「GMOコインETH_JPYに現実的コストを上回るエッジは存在するか」という問いに答えが残ります。それがこの研究の終わらせ方であり、記事3〜4の教訓の実装です。
再現性情報(脚注): EXP-0009はブック期データ(2026-02-17以降)上の30秒マークアウト(Huang–Stoll実現ハーフスプレッド、決済手数料ゼロ計上)で、保守=厳密貫通約定・楽観=タッチ約定の2ルール挟み込み。EXP-0017/0018の事前登録は2026-06-10凍結(docs/research/experiments/prereg/EXP-0017-gmo-spot-maker-remeasure.md, EXP-0018-shadow-observe.md)。ハードストップと予算上限は docs/harness/guardrails.md §7、経済前提(資本≈10 ETH≈¥262万、1ETH=262,456円は2026-06-10時点、税引後フロア月¥2万)は docs/harness/after-tax-minimum-edge.md に基づく。